岡山に住んでるけど質問ある?

岡山に関するアレと関しないコレ

*

梁場山城(倉敷市船穂町柳井原)

IMG_0041梁場山城(倉敷市船穂町柳井原)
2015年6月21日登城

梁場山城について

IMG_0024梁場山城への登城口は2方向からあるが、特に案内などはない。

IMG_0028南側からの登り口を5分ほど登ると広場があり、稲荷神社がある。
IMG_0029
IMG_0030
稲荷神社の右側のフェンス沿いにさらに登るとベンチがあり、梁場山城から東側にある柳井原貯水池、山陽新幹線の線路を眺めることができる。
IMG_0033もともと高梁川は東西に二つ別れていて、1893年に大きな洪水があり、西を流れていた高梁川を1907年からの改修工事で貯水池となった。

IMG_0043以前は小学校として使われていたため校庭と校舎が残っている。

梁場山城と横溝家の関係

IMG_0046
ここで梁場山城と横溝家との関係性について述べる。
梁場山城の記録には横溝源吾忠元の名前が城主としてある。梁場山城の広場に上がる途中の道に横溝の名前が刻まれた古い墓が今でも残る。
そして、この地域には横溝の名前の墓が多く残り、今でも横溝を名乗る家がある。現在、横溝という名前は岡山県浅口市周辺に多いが、鴨方、里庄にある横溝性はもともとこの柳井原を源にしているとの言い伝えが残っている。
IMG_0018ミステリ作家の横溝正史は戦時中、親戚をたよって岡山県倉敷市真備町に疎開していたが、横溝正史の父は、その真備町に近い柳井原の出身である。写真は横溝正史の父、生家跡。梁場山城に近い。今は他人の手に渡っているが、この場所に家があり住んでいたとのこと。横溝正史は疎開中、柳井原を尋ねたとあるので、おそらくこちらを訪れたのではと考えられる。

梁場山城の場所

梁場山城所在地:倉敷市船穂町柳井原

34.610330, 133.723745

公開日: