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金勢大明神(赤磐市西勢実)

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金勢大明神(赤磐市西勢実)
平成27年4月29日、金勢大明神大祭に参拝。

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金勢大明神の御朱印

IMG_9455金勢大明神大祭に訪問したため神職の方がおられたが、例大祭と正月をのぞけば普段は無人社であるとのこと。御朱印はなかったが、参拝の記帳して頂いた。
神職の方は近くにある布勢神社、布勢古神社を兼ねていたのであわせて記帳してもらった。

金勢大明神大祭

金勢大明神の例大祭は毎年4月29日午前10時から昼14時ごろまで行われる。

金勢大明神縁起

「この神を祀ったの人は吉井町西勢実(旧布都美村西勢実)の氏神「熊野神社」の神主で服部静夫という人である。その人の子孫で五代目にあたる人は今日西勢実で農業を営んでいる。
服部静夫氏が京都から引勧請し、祀る場所については全間村(現在の久米南町全間)の平尾氏と相談して現在の処の全間と西勢実の境界線を定め、丁度道の真中なのでここだけ道を曲げ。、南側を通るようにしたと聞いている。何時頃とも時代はさだかではなかったが、明治百年の年、大々的に例祭を行った際、当日来賓の人から聞き判明。

久米南町京尾の光延稔太郎家の古文書より年代がはっきりした。光延氏は代々庄屋をしていたらしく、古い日記風の書きものに「明治三年十月全間村に金勢大明神を勧請した」とのみ記されて残っているとのこと。
さて話をもとへもどすが、京都から引勧請したということは真実かどうか疑問であると土地の老人は話している。そしてその老人は、備中倉敷の酒津付近に「金山神社」と称し金勢大明神同様男子の生殖器をかたどった木細工を備える神様がある。これが親神であるというのが事実ではないか、と。
京都説を事実とすれば昔伊勢参りの途次、引勧請したか、また別便で霊迎えをしたものかも知れない。しかし服部氏は明治五年没と墓標にあるし、晩年あまり健康でなかったとも伝えられているので、近い酒津説が正しい様である。酒津の親神様は立派なお社があったそうであるが、明治年間に淫祀邪教として取りこわされ、今は小さい祠があるのみといわれている。一方京都にはかかる神社が見当たらないと聞いている。
さて、祭神であるが、ある人は弓削の道鏡でもあるとも云われるが事実の程は疑わしい。むしろお供えにもある男子の生殖器それズバリがご神体と考えるのがよかろう。
一間半角の建物の奥に祭壇があり、中央に一米位の高さの石碑がたち、「金勢大明神」と刻まれてある。そして向かって左側に高さ約四十?位の石作りの男魂、右側にはやや小さい矢張り花こう岩製の細工物がある。手洗水の石鉢もその形を立派に刻り込んである。
腰から下の病気、生殖器の病気、夜尿症さらに子授けの神としても霊験ありという。昔は相当の参詣者があったが、今はその数は少なくなっている。しかし、「大願成就」の赤いのぼり、木細工の新しいものがいつともなく供えられている。
祭礼は四月二十九日となっていて、春、?という時、野山はつつじの花に埋もれ、山波の遠望はまた格別である。(金勢大明神縁起書より)」

調べてみた

明治3年(1870年)勧請のため、神社としての歴史は浅い。ただ神社横の広場は上古(大化の改新または大和時代)に未婚の男女が集まって求愛のため歌ったり踊ったり求愛活動をしたりなどの宴をしたと考えられている。
来歴ははっきりしないとのことだが、縁起にある金山神社は、倉敷市酒津の青江神社境内にある。青江というのは備前長船と並び名刀工を生んだ備中青江の青江になる。

金勢大明神の場所

金勢大明神所在地:赤磐市西勢実

34.889529, 133.994302

車での訪問。

公開日:
最終更新日:2015/06/26